神経症の怖さ

           

悩んでいる人に共通の怖さを取材からまとめてみた。

神経症になるとどうなってしまうのか?
共通していることは、夢や希望に満ちあふれる生活とは正反対になってしまう。パワーやエネルギッシュな要素がなくなってしまう。
学校生活社会生活、日常生活に多大な影響が出る。
何をやっても楽しくないし、四六時中症状に振り回されてしまう。
それについて考えて、いかに症状を軽くするかに苦心せざるを得ない。
考えに考えてしまうから、行動力がへってしまう。(それがエネルギッシュな力を失わせてしまう)
保証がなければなんにもできなくなる。
私はたくさんの方と今まで対談してきたが、「成功者」と言われている人は、例外なく保証なしに、リスクを抱えながら乗り越えて歩んできた。
神経症のせいで周囲からは非常に低く見られてしまう。または正当に評価されない。だから不満がたまっていく。
成功者とはまったく逆の道に歩まざるを得ないのだ。
だから、 劣等感にさいなまれる。自己評価も地に落ちる。
積極的な選択ができなくなり、消極的な選択をせざるを得ない。
常に逃げの選択で、自己嫌悪に陥る。
みなそういうことを言っていた。
いろんな症状がある中で、共通していることと言えば「苦しさ」だろう。
とにかく苦しい。でも体の風邪のように養生すれば治るわけではない。
はやく良くなりたいけれど、良くなれないのだ。
だから余計苦しい!

神経症は自分一人で悩んで苦しいだけではない。他人のとの接点の中でも苦しい思いをする。
神経症であるが故に二次被害を被ってしまう。
多くが薬漬けになり、ふつうの思考ができなくなる。
仕事が苦痛になり退職せざるを得ない。
友達も相談できる人もいなくなる。
恋人もできないし、一生(素人)童貞で生きていくかもしれない。
だから、街での幸せそうなカップルを見ると、コンプレックスといらつきが起きてしまう。
何とかして恋人が欲しいと思うけれど、逆に出来てしまったら負担だし、そもそも自分を好いてくれる異性が現れるか不安だ。
だれも自分の気持ちをわかってくれる人がいない。つねに孤独である。
常に先に怒るだろう精神的苦痛を思い描いてしまう。
夏休み明けの学校、月曜日からの職場、公園デビュー、近所づきあい、ある場面でのパニック、結婚、子供の誕生、外に出ることなどなど・・・・
現時点が平穏だとしてもお先は真っ暗で、結局いつも悩んでいることになる。
心が晴れることはない。

結婚にしても(特に女性)、本当に望んでいた相手ではなく、どこかで妥協している部分があるという。
それでも結婚したのは、他の人よりも楽だから、症状を隠さなくてすむから、相手も悩んでいるから、などというやっぱり消極的な選択である。
神経症の人は、やはり悩んでいる人とくっつきやすい性質があるようだ(取材でも女性の多くが夫もなやんでいるようだとのこと)。
ただし、悩んでいる自分に気を遣われると劣等感に襲われるという人も多い。
特に対人恐怖症の人がそうであった。
自分に他の人と同じように接して欲しいとのことだったが、それはそれで疲れてしまう。
どっちにいくにしてもきつい。

また社会的・周囲の圧力というものと神経症の症状との板挟みに苦しむ。
女性は結婚しなくてはいけない(だけどとても結婚生活を送れる状態ではない)、男は定職に就かなければならない。それは十代、二十代ならまだまだ猶予期間がある。
だが、年齢を重ねるにつれて、見えないプレッシャーが増えてくる。

つまるところ神経症が人生の中心となってしまう。
あるがままをよそおって生きていこうとしても、強迫的に襲われてしまう。

これらは、みな神経症で苦しんでいる人の言葉をまとめたものだが、誰一人として真の意味での幸福感を得ている人はいなかった。
楽しめるときは、一人でいるとき、趣味に逃避しているときだけだという。
いや一度も半生で良かった出来事は一つもないという人も多かった。
何よりも、私が言いたいことは、みな頭が良い、鋭いということだ。
もっといえば、繊細で、感受性が高く、知識がとても豊富だった。
並の人の何倍もある。(これは間違いない!)
並の能力の人はあまり心の悩みとは無縁に生きているが、頭のいい人が苦しまなければならないのは大変な矛盾である。
その頭の良さ、感受性の高さが悩みの方向にフル回転してしまっていた。
もったいないことである。
強迫神経症的なタイプは歴史上で偉大なことを成し遂げた人が多い。
対人恐怖症的なタイプは芸術家に多いタイプだ。
人と違わなければ、何も成し遂げられない。
十分、神経症の人はある能力がとても大きい。
能力と感性の無駄遣いにしかなっていない。
あと、薬でもともとの頭の良さが使えなくなった、と嘆く人も多かった。

誰もが神経症でも働きやすい職場づくり、相談しやすい環境、能力を発揮できる場を望んでいた。
逃避できて、誰からも何も言われないし、コンプレックスも感じない場所(無人島生活など)があれば、という人も同数いた。

思うに神経症そのものの苦しさがまず一つ。
神経症であるが故の周囲とのギャップが「神経症の怖さ」の二本柱だろう。

神経症は怖い。だが思ったほど怖くない、と言うのが良くなった人が同意することだろう。
なかなか手強いが、かなわないほどではない。
神経症から回復できた人が実際にたくさんいる、という希望を添えて、この文章を締めくくりたいと思う。

(YUTAKA MATSUZAWA)

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