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DREAMART 神経症克服セラピー&プログラム
東京・大阪など
岩波氏

岩波氏は、神経症から不登校・ひきこもりまで、心の悩みを抱える人に絶大な支持と熱いファンがいるカリスマ・セラピストだ
東京と大阪などでDREAMARTをやっている。1947年生まれ。
私がお会いした中でもっとも興味深く、能力、エネルギッシュさがずば抜けていた人だ。
セラピストとしてではなく、一人の岩波氏という人間にとても惹かれた。
なるほど、人間としての大きさや魅力、鋭さゆえに評価されていると考えれば、それも納得がいく。
若輩の私にも 様々なことを教えてくれ、その知識の深さと経験値の大きさにただただ圧倒されたことを今でも鮮明に覚えている。
私もある種の才能をもつ人とたくさん仕事上会ってきた。
その中でも図抜けていた。
みんなたくさんの長所や能力を持った人だが、「違い」を見せつけられた。
私にとって、このルポ、インタビュー、取材で一番栄養になったのは、氏との出会いかもしれない。
だからこそ日本中にファンがいるのだろう。
わざわざ沖縄や北海道から、岩波氏に会うために東京や大阪に通ってきている。セラピーが受けられる限られた時間のためにだ。
セラピストの枠に収まりきらないパワーとスケールの大きさ、カリスマ性を感じた。
氏との最初のインタビューを掲載した。

━ :筆者の言葉
無印:岩波氏の言葉

━岩波先生のやられているセラピーやプログラムが、ものすごい支持を得られていますが、その理由はなぜだと思いますか?

そうですね、理屈ではやっていない、理性や理屈でモノを拾うことをやっていないからがまず一つだと思います。
「悩みはこうあるべきだ、こんな風な考えをしろ」「この考えならいける」というのは神経症や心を扱うどの本にも書いてあります。
それにカウンセラーの言葉にも出てきます。
でも、それを読んだり、アドバイスを受けて良くなることができれば、そもそも悩みに陥っていないわけですよ。
うちに来る人はみんなものすごい努力家で、いろんなことを試してみたり、本を読んだりしています。
ほんとうに優秀な人ばっかりで、一番自分ができが悪いなと感じます。
でも、心の悩みでどうにもならなくなって動けない。
人間の心は、理屈じゃなくて、 生の実感として「ああこんな感覚なんだ、こう人生はいけるんだ」という体感の世界から、限りなく目的に近づいていった方がものが見えます。

━目的というと、この場合は神経症改善ですね

そうですね。理屈だと、決してよくならないどころか、むしろ悪化するんですよ。知恵や理屈が肥大化してどうにもならなくなってね。自分の場合は小細工もしないし、正面からぶつかっていくといった感じですから、逆に通ってきている人にとって、信頼しやすいんだと思います。

━たしかにカウンセラーでも医者でもどこかでごまかしたり、小細工したりして、患者の信頼を失っていますね。

セラピストに必要なのは、そこじゃない生の実感というものだと思いますね。理屈じゃなくて本物の「あ、これだ」という実感ですね。他の人と比べれば、そこはあるとは思います。

━こうやってインタビューさせてもらっても、全然違う、本当に自分に正直に生きているという自信を感じます。神経症の人がいつまでもジプシー(ロマ族)のようにいろんなところに通って効果が出ない状況ですよね。そして岩波先生のところに最後に来るという形が多いと聞きました。じゃあ、今の日本のカウンセラーは力不足なんですか?

カウンセラーは世の中に絶対必要な職業だし、自分ももちろんカウンセリングもする。
でも、理屈のカウンセリングと生の体感としてのカウンセリングがあって、カウンセラーが一般的に言うとしたら、「こうですよ、こうあるべきですよ」という神経症が良くなるための定番があります。でも定番じゃ良くならないのは悩んでいる人は皆経験しています。

━定番というと、いわゆる教科書的な当たり障りのないとゆうものですね

悩みはそんな甘くないし、定番じゃ良くならない。少なくとも神経症の段階になってしまうと。定番を壊して、定番じゃ治らない、そうじゃない、ということからスタートをします。そこからうちは出発しています。
悩む人は定番でものを考え突破しようとして、いろんな理屈で頭で考えても何してもよくならない。本もたくさん読む、催眠療法とか医者にかかったり、薬物療法をやったりする。でも、結果としてモノ、殻を破れない人が多い。それはもうすごい知識を持つ人が多くて、カウンセラーの知識を上回っている時も多いですよ。

━悩んでいる人は、実際に悩みを体感しているから、実質的には神経症に対して、普通のカウンセラーや医者よりも詳しいかもしれませんね

でも、知識があっても結局は何にもならないし、じゃあ、そんな知識があったら、うちに来ることもないわけで・・・・必要なのはそこじゃないんですよ。
答えが出ない人が良くなるためには、これまでの考えを使ってはいけないと思う。どうしても定番を使っても使い切れない矛盾が人の心にはある。それを原点から神経症克服のプログラムを考えていくとスタートラインの形が変わってきます。

━たしかに人の心ほど矛盾したものはないですね。悩んでいる人はいっそうそれが顕著ですね。強く願っているけれど、どうしてもそれができない。愛しているのに憎い、憎いけれど愛しているというものは一番典型的な例ですし。

だから理屈は通用しないし、感覚でしか人は動かない、変わらない。そこのところから考えています。でもどうしても、悩んでいる人は理屈や定番にすがってしまう。それはしょうがないんだけど、でも変わるためには、とても距離が遠くなってしまう。本当に変わるのは、そこのところの定番を壊して、新しい角度や視野からものを考えて、体感として身につけていくことですね。

━その斬新な視点というか、逆からの発想というか、そこが指示を受けている理由の一つかもしれませんね

人とは違うなという自負は持ってます。

━全国から問い合わせが多く寄せられているようですが、悩んでいる人、通われてくる人は何を求めているのですか?

とりあえず、悩んでいる人はほとんどの人は、楽になりたい、助かりたい。
治したいのはいい、とにかく安らぎを求めたい人も多くいます。
でも、それまで、あがくばかりで安らぎを求められない。
安らぎが求められるものがうちにはありますから、そこのところも求めていると思います。
心とか悩みは努力をしないからよくなるという矛盾したものがあるんです。
努力をするからドツボにはまる。でも努力しないことは出来ない。とても頑張ってヘトヘトになってしまう
悩みの特性として、何か踏ん張って変わらなきゃ、という頭が本人に強いんです。それを排除すること自体が恐怖に近い。
排除したときに何をするかが一つのポイントですね。
そこに答えが出るものじゃないかと思いますね。

━努力をしないことを悩む人は、結局「努力しないことに努力してしまう」ことはないですか?

どうしても長い間やっているとそうなってしまいますね。
いわゆる自然体ができない。
リラックスしようとしても、自力では余計力みが入って、体がカチカチになってしまったりする。
でも、そうじゃない、理屈じゃなくて、リラックスや安らぎというのは体感の世界だから、もし支持を受けているとしたら、そういうリラックス感を深く味わえるところもあると思います。

━いわゆるトランス状態というやつですね

体として、脳として、無意識としてリラックス感を体に覚えさせるにはこれに勝るものはないですね。理屈の世界じゃないから、距離がすごく近くなる。

━距離というと、リラックスを覚える距離ですか?

まあ、そうですね。感覚の世界だからこそできる。

━人が変わる、行動を起こす、というのは、感覚の世界ですからね。悟りとかもそういうものでしょうし。
他のセラピストとご自分では何が違うと思いますか? 

他の人は、過去の古い遺産のコピーみたいのをやっていると感じます。
それでいて、やっている本人たちが、患者が良くなるとは考えられない。でも努力したいような現状がたくさんある。
神経症が良くなることが考えられないという人に、劇的な効果という答えは出せないと思う。
悩みは大きく、いろんな症状があります。
その症状を壊すために、暗示を与えたり、「こうあるべきだ、こうしなければならない」とか言う。
でも悩んでいる人はそれが出来ない。それが出来たら苦労しない。
でも、なぜできないんだ? となると長い間のトラウマがある。
だから「トラウマの処理をしなさい」という。
でも、その処理ってどうするの?となる。
一般のセラピストやカウンセラー、医者にしてもそうですが、「人は過去こういう体験をしているからこうなんですよ」と言います。
それじゃあ、その体験がどうして今の苦しい現状結びついているのかはっきりリンクしないことが多い。
リンクしないものを頭でこねてやっても、脳は納得しない。

━理屈はわかっているけれど、心がついていかないとなるでしょうね。

そう。脳を納得させるためには、言い換えれば、無意識ですが、長い間の複雑なトラウマは確かにあるけれど、確実に過去と現在をリンクさせるための手法をうちではとってます。
それをすると、心のなかで、「こうあるべきだし、こうなることがこういうふうに今の悩みにつながっている」と現実をリンクさせることができる。肯定させることができます。
ただ 肯定できたとしても、頭でわかっていても、体は神経は変わらない。
じゃあ、頭のどこの部分でわかれば肯定できるのか、メスを入れるのが、うちのプログラムです。

━本当に心の底から肯定できた時に、悩みは急速に崩壊するといいますが、やはり理屈の世界では届かないものですよね。
一般のセラピストやカウンセラーの人には、力不足な部分があるということでしょうか。

力不足と言うよりは、それが定番なんだと思います。さっきも言ったように。でも定番では矛盾した心の世界、無意識の世界にはメスが入れない。

━ メスというのはおもしろい表現だと思います。 その華麗なメスさばきを脳の奥底に届かせることができるのが、岩波先生ということですね。

そんな褒めてもらっても(笑)。
ただ、メスを普通の頭にいれても、理性に働きかけるだけで何にも従来のものとは変わらない。
無意識とか意識下とか、深層心理とか言っていても、現実的にそこまでメスは届かないんです。
完全トランスという限界のトランスがあって、私もそれを徹底して研究して来て、そこが支持を受けている一つだと思うんですが、その状態に入らせて、そのとき暗示やある働きかけをすると、ある脳が作動するようになる。

━無意識が表面化すると言うことですか? 完全トランスと暗示などで。

うん。トランスは、無批判、ガードがなく、「これしかない、これで当然だ」という理性をカットされた状態で、矛盾している心を、それをすんなり受け入れさせる。リンクさせる。それを現実的に作り出せるから他とは違うものがあると思います。

━その状態が「メスが届く」と言われた状態ですね。

暗示というと、悩んでいる人に限らず、燃えている人でも、つねに自己暗示をかけて、気を奮い起こそうとしています。
悩む人はマイナス暗示にすぐかかりやすい。でも、燃えている人はプラス暗示にかかりやすいですよね。
プラス暗示を悩んでいる人にかからせるのはかなり困難な感じがします。
悩む暗示の意味はわかっているけれど、どうしてもそう思えない。「それしかない!」と思うことができない。
だから、理屈ではモノは治らないし、 感覚でわかるしかないんです。そのためのメスですね。
たとえば、トラウマがあったとします。トラウマがなぜ起きるのか、環境、親のしつけとか取り巻きとかいろんな要素が存在する。
その枠の中での経験しかないのが、悩みに陥りやすい人です。
「気の病みすぎだ」「生き生きとしなさい」と言っても、過去の体験の中に、当人は生き生きと出来ないし、体験を持っていない。
「 どうして生き生きと出来るの?」と悩む。
過去の流れで、周囲を常にチェックすることしか出来ない状況になる。
いくら頭を振り絞っても、生き生きした経験がないなら、いきなり生き生きとできるわけがないですよ。

━そうですね。「生き生き」は理屈・理性の世界じゃなくて、岩波先生が言われるように感覚の世界ですから

だから 感情と心が重要になってくるんです。ハートですね
ガードがとれて、人生を走ったときに、初めて何かをつかめるものがあるんです。
自分はそうして走ってきたし、また良くなる人もそれができます。
つかんだときに、今度は快適に生きている人、いろんな体験をしている人、いかに短い時間にそれを体験するか、学習するかに大きなポイントがあるわけです。

━感覚で「生き生き」という体感することで、過去にそれがない人でも経験値ができる。

経験値があるから、「生き生き」が余計次にできるわけです。出てくるんです。もう存在しているんだから。そして、どんどん積み重ねていくことができる。なぜできるかというと、感覚で脳が、無意識がちゃんと覚えているからです。

━自信という感覚、感情も同じ理屈ですね。自信のない人がいきなり、成功者のように自信を持つことができるかというと、絶対不可能だと思います。自信というかけがえのない経験値を積み重ねていって、強い人間になれる

うちでは、自信がない人、持ったことがない人でも、 そこの部分を積み重ねていけるカリキュラムをプログラム持っています。悩むための生き方がどういうモノか、その人が悩まない生き方、体に脳にしみこませるように、脳に入れ込むのがポイントですね。自分を見て、感じとってくれればとも思いますし。

━本当にそう感じます。岩波先生に会うだけでもいい影響を悩んでいる人は受けると思いますよ。私も今受けていますし。

遠くから通ってくる人が多いんですが、問い合わせの時によく言うんですよ。俺の顔を見に来るだけでも来た価値があるよって(笑)

━海外からそれで来ている人もいるんですね。ところで、海外の人から興味を持たれているわけですが、欧米の人でも薬物療法や精神分析に限界を感じているんでしょうね。

いまは先進国はスピードが速いですからね、とても増えていると思います。
フロイト以来、精神分析が幼児期の何だとか、性のなんだとか、普通なかなか今の自分の悩みにリンクしない。「子供の頃のこれが、あなたの今ですよ」といわれても「どこがリンクする?」となる。
夢判断しても、蛇の夢を見たのがどうこうと言っても、都会に住んでいる人は、蛇も蛙もみたことない人も多い。そうすると判断する部分の素材と現実的にそれが存在しない素材と社会的背景が変わってきている。いまだにそれをやっているナンセンスなところが多いんです。
精神分析は必要ですが、的はずれだと意味がない。ここでやるのは、現在の苦しい神経症という状況から逆算して後戻りしていってから、トラウマを発見させライン上に入れ込みます。
ライン上にのったものが、なぜそういう神経症の感覚に起きなければならないか、一つ一つ、何百という観点から、全部分析処理していって、脳が納得するようにもっていかせます。そこでも新鮮さがあるんだと思います。

━東洋的な価値観が欧米で見直されていますね。また「発見」されていますね

海外には日本の禅が輸出されています。瞑想も海外で受け入れられています。欧米の薬物療法、科学療法、対症療法で安らぎを求めようとするけれど不可能だから、非科学的なものが実際には心理学的に理にかなったものなんだけど、存在感が出てきます。瞑想や禅は、脳が作り出すある意識の世界、体感の世界だったりします。
それを科学的に大脳生理学的にも心理学的にもハイスピードで、つくりあげる技術を持っているから、そこが海外で強く支持されているんだと思いますよ。特に欧米の人はとても価値が出ると思います。

━これから海外に積極的に紹介することはありますか?

ここ数年の間にうちのシステムのプログラムをどんどん紹介していきたいですし、たくさんの人に知ってもらいたいと思ってます。輸出したいと考えています。むこうにとって、すごく新鮮に映るのは間違いないと思います。すごく興味を持たれていますし、支持されることはわかっていますから。

━カリスマとか天才的だと呼ばれていることについてどう思われますか? 私も実際に対面して強くそう感じます。

カリスマとは自分で思ってないし、何とも感じないですね。でも、もしそういう人がいれば、自分は徹底しているし、持論を持っているし、オリジナルの独自の解決プログラムを用意しています。一般からすれば、無意識の心を説得するパワーと技術があるからだと感じてくれているから、「すごい、パワーがある」となる。その辺かな。深く考えたことないんですよ。

━では、なぜ神経症の人は、いつまでも悩みをひきずりつづけるでしょうか

前にも言ったと思いますが、どうしても過去の経験値からものを考えてしまう。
過去の自分が体験したものからしか考えられないのが人間です。
中には、悪い買い物、大失敗の買い物をしてとことんまで落ち込む人もいます。
でも中には、悪いものを買ってしまったけど、かえって良かったという都合のいいように解釈してとりくめる人もいます。私はそうなんだけど、悩む人は前者です。過去に何らかの恐怖体験があるから、その観点からでしか物事を見られなくなるということが一個だと思います。
人間は生まれたときは真っ白だよね。遺伝子はもらっているけれど。では、なぜ悩むのかというと、環境になります。人間・他人・親という存在が一番の要因ですね。
そこに恐怖を与えるような人間がいると、どうしても顔色を見たり、ぴりぴりしたりする。
なにもしなくてもいいようだとそもそも悩まない。
いろんな風に積み重なって、ある種の悩む回路が出来ます。
自分の弱点・悩みがそうやってできてしまった時、その環境でマイナスの学習しているから、新しく発想したり、違う次元でものをみることが距離が遠くなってしまう。その世界からでしか考えられないから、過去の遺産からでしかモノがみれないから、新しい観念、新しい世界を植えつける状況がなくなってしまうから、結局、悩み脱出のチャンスがなくなり、ずるずる悩み続けます。

━例えば、自信が喪失している人は、自信を喪失してしまうんじゃないかというおびえの過去の遺産からでしか物事を経験できない。だから余計悩んでしまうということですね。

その悪循環はとても強力で、普通には手におえないですね。でも、そこのところを考えてプログラムをつくっています。

━社会不安障害がマスコミで盛んに叫ばれています。心を扱う職業の岩波先生から見て、この社会不安障害は何から発せられていると思いますか?

そうだね。ある側面で言うと、長い間、人間はのんびりだった。
ここのところ急速に動き始めた。環境が急に変わった。
産業革命以降すごく世界は激動したけれど、今の「産業革命」はさらにものすごいスピードで、とてもじゃないけれどついて行けない部分もある。
企業は利益をもとめるし、人間の情とか温かさが失われてきた。
昔は家族の中に長がいて、従っていればよかった。学校の先生も偉かったし、今みたいにサラリーマン化していない。不祥事もかなり少なかった。
でも核家族化などで、自分一人で自分がやらなくてはいけない。責任を負うようになってきている。
自分の頭で考えると、迷ったり、「これでいいのかな、どうしたらいいのかな」と悩んでしまう。
すると、「何のために自分が生まれてきたのかな、何の生き甲斐があるのか」そこまで心が解体してしまうんだよね。
燃えられない、漠然とした不安がおそう。当然、楽しみがない。夢がない。
それでいて幼児期の時に「こうあるべきだ、こんなふうにしなくてはいけない」という観念を植えつけられているか、身に付いてしまっているかがあるから。
まして親自体が、悩んでいて目標を見失っている状況で、子どもはそこで育ってきた。
親が持っていないものを子供も当然もてない。
夢や目標がはずされた中で、職場に行けば「こうあるべきだ。なぜできないんだ? できるのか?」と悩む。
何とか頑張ってできるようになると、世の中のスピードが速いから、従来の方法ではついて行けなくなる。
一生懸命頑張ってついて行こうとするんだけど、心の見返り、充足感がないことが多い。
もう心がオーバーヒート、オーバーワークだから、ストレスはすごい。
それで、仕事や対人関係で悩む。
でも頑張っても、心の充足感がない。達成感がない。
そこの差だと思います。何かを努力してこんなふうにやった、充実感がある、というパターンで行くと社会不安障害は感じない。
でも、今言ったようなパターンで行くと、頑張るんだけど感動できない、楽しめない、生き様がない。
当然、おちこんだり、鬱になったり、社会不安障害になりやすいんだと思います。
そういう要素が今の社会状況にいくらでも転がっているね。
とりとめもなく、喋っちゃったけど、ある側面はそういうものが起きて、増えているんだと思います。
あと社会不安障害は、結局診断されたときの症状名にすぎなくて、ある医者が診断すると対人恐怖症にもなるし、自律神経失調症にもなる。ただの言葉にすぎないから、そこの裏にある本質をもっととらえていかないと、結局対策を社会はとれないんじゃないかと思いますね。

━常に社会が変化しているから、たとえついて行けたとしても、すぐそれまでの価値観がなくなってしまう。とりあえず頑張る。でも心の充足感というか見返りがなくて、心のぽっかり穴が空くということですね。悩む人ほど頑張れる人ですから、なおさらその穴は大きいなと思います。

社会に対応できるかというと、十分に愛情に満たされて、エゴが満たされて、心が充足感を持っているからできるものがありますよね。それがないと欲求不満状態だから、心がもろくなっている、さみしい、孤独でしょうがない。だけど人の行動だけは敏感に感じる回路が出来ている。
だから不安現象が起きなかったらおかしいくらいですよ。
くたくたになり、不安に飲み込まれる。いろんな要素があるとおもうけれど。対人的な葛藤もあるし。

━では、社会にうまく適応できた地位の人、たとえば、社長であったり、企業の取締役であったり、「先生」と呼ばれる人ですね。でも、実際には芸能人だろうが何だろうが、みな心に闇と病みを抱えています。岩波先生のクライアントは医者とか社長が多いそうですが、これらの人たちはいわゆる「成功者」ですよね。自信を積み重ねて生きてきて、ちゃんと経験値があると思います。他にもいろんな各分野で能力を発揮されている人も多く、なぜ心の悩みの罠にこれらの人が陥るのですか?

本当にいろんな経験、社会的に成功している人、学業で高いレベルにいる人にたくさん来てもらっています。人格的に、すばらしい人も来ています。
でも、例えば、ぼんくらで価値がないと社会で思われている人は、逆に捨てるものがないわけです。どうせ俺はこうなんだから、っていうあきらめの境地になっています。
ある意味出来の悪い悟りを開いている。だから、重い悩みにはとらわれずに、楽しみながら生きていけている人が多いですよね。だから、そういう人はうちにはなかなか来ていないですね。渋谷で遊び歩いている人は。
全然勉強もなにも努力してこなかった人が悩まない、一生懸命頑張ってきた人が罠にはまってしまうのも、心の矛盾ですが、だからこそ、ちゃらんぽらんは悩まないともいえますし。
一方で、あるものを頑張ってきた。それまで、燃えてきていろんな犠牲を払って成功をつかんでいる人がいます。その価値は本当にすばらしいと思います。
でも失いたくないというものと、それで勝ち得てきたプライドが、悩みに陥ってしまう人にあるから、それが崩壊する恐怖がある。
すると守りに入ってしまうし、完璧にやらなくてはいけないという観念も強い。
例えば、自分とは違った形で価値を持っている人がいると、この人に負けたらどうしようと怯える、そこで葛藤が起きる。
もしかして完璧に自分がそれまで来ていた時、体調とか社会状態で、不安や緊張が起きて、スムーズに立ちゆかなくなった時、「今までの自分じゃない、大丈夫かな」と不安が高まる。
ある意味では、社会的な地位、価値を持ちながら、また持っていた人が、客観的に自分を見てしまい、周りと比較したときに焦りと守りを取り込んだときに潰れてしまう。
もう感情的に焦りと不安と恐怖に飲まれてしまっているから、それまでの頑張りやという要素が逆に悩みを強化してしまって、どうにもならなくなってしまう。そういうところが多いよね。

━生きていくということは罠だらけなんですね。悩みに誰もが悩みにはまる可能性がある・・・・

自分でこう思います。俺は悩みに陥らないって。陥りようがないって。ストレスも感じないですし。

━(笑)。たしかにそうでしょうね。よくわかります

誰よりもストレスを感じてぎりぎりで生きていたこともあるんだけど。
話を戻すけど、ガムシャラにやってきた時は、横を見るひまもない。客観的に見る余裕がない。子どもの時もそう。
でも余裕が出来たときに、ホッとしたいという人間の心がどうしてもあるから、ふと周りを見た時、比較してしまい、隙が生まれてしまう。
だから価値を作ってきながらも心はボロボロに崩壊していってしまうんです。そうなると、理性で理屈で、苦しい状況から脱しようとして、永遠のループに陥ってしまう。

━そうして岩波先生の門を叩くことになるんですね。

自分が一番できが悪いから、いつも通ってきている人には教えられていますよ。みんないいものを持っているのに、社会的に日常的にもなかなか発揮できないのも矛盾だなと思うんですけどね。

━いえいえ、話を伺っていて、すごく自信を持たれていて、パワーがあるけれど、ある意味とても鋭い客観性というものも持っていますよね。結局は、誰よりもできがいいんじゃないですか(笑)? すごい自信というかオーラを感じるのですが、それはどこから来ているんですか?

ちょっと言ったけれど、自分も同じようにかつて地獄を歩いて、塩をなめて、はい回って、絶望を味わった時があるんです。
自分も同じように同じ体験をして、何がいいか考えはじまった。
そして考えた時に現実的には人が考えてやってきたものを自分もすがってきた。みんなもすがってきた。
でも意外と「これでいける」というものはなかった。
だから結論として、自分が違うものを考え出さなければいけないという発想から、新しい角度、視野新しい観点からものを見てきたんです。
そういうことを冷静に、「こうあるべきだ」という考えじゃなくてね、悩みと同じように、答えを出すためにもそういうことを見ることにして、その部分が、まあ、他とは一線を画す立場に変わっていったんだと思う。
あと自分の情熱で、一生人生をかけて、死ぬまでこれに取り組んでみてみたいという気持ちがある加速をさせてくれたように思う。

━そこで培ってきたものが自信やオーラになっているんですね

自分の人生を振り返ってみて、人とは違う視点や立場で行動してきて、積み重なったものが今の自分だと思います。あとは自分であるものに対する執着力がすごいから。

━天才は努力と執着の天才ですからね

頭の切り替えももっているんだけど、ある一つのことへの執着というか情熱はあると思いますよ。バカになりきると言うことが出来るんだと思う

━岩波先生のセラピーが価値を生めたのもそこでしょう

もし価値を生めたとしたら、価値を生む時にとりあえず悩む人はこの状態を維持しなきゃ、知恵を使ったり、小細工をやったりする。どうしても知恵の繰り返しをやってしまう。
現在の競争社会があって、周りとの比較もあって、その中で開き直るというのは本当に難しい。
けれど、バカになるということは、命が入れ替わる気持ちで変わらなくてはいけない。

━いわゆるバカは悩まないですし、風邪もひかない

一つのポイントですね、バカになるというのは。

━バカになるというのは覚悟と勇気がいりませんか? 本当になりきれば、逆に快適に生きられるんでしょうけれど。

そのためにうちでは、ただの言葉尻としての「覚悟」ではなくて、本当に魂に入るように、悩んでいる自分を変えるために無意識から覚悟を植え込むようのカリキュラムがあります。
本当に覚悟があれば自分を変えられますが、「覚悟しなさい、決めろ」とか言われて、「覚悟したけれど良くなりますか、どうなりますか」とかは、もうぜんぜん覚悟じゃなくて、助かるための言葉尻になっている。

━知恵と理屈で「覚悟」をこねくりまわしても、本当に自分に身に付かなければ全く意味がないということですね。悟りという言葉はあまり使いたくないですが、魂から覚悟が植え込まれたときに、それに似たものが達成できるんですね

無意識の底に植え込む、そういうものを作り出すようにしているんです。ハートからね

━カウンセリングだけでは重い複雑な症状は良くならないと言います。つまり、「覚悟」を一つとっても、「覚悟」があったほうがいいんだ、と思わせても、実際にカウンセリングを受ける方が知恵でこねくり回してしまうだけになっているんでしょうね。

実はカウンセリング一つだけとっても、一気に良くなる人は良くなるんです。とくに思春期で多感な時期の子供はね。だから必要なものなんだけど、結局はこちらと悩んでいる人とのハートの通じ合いなんですよ。
一般のカウンセラーの人が話をして何故料理ができないのかというと、カウンセリング、つまり対話ですね、それが理性で、知恵での対話となっているんです。
ここでは、感覚の言葉を使ってしゃべっているし、全然改まったものじゃないんですよ。言葉がなくて感覚でやっている。だから人は受け入れる。地のままいつも普段を変わらないでやっているんですよ。そこに駆け引きもないし、だから信頼してくれる。

━自分の地を隠して、知恵を使っている人を前にしても信用できないですよね。そういう頭でっかちの人が心を扱う職業にも多いんでしょうね。だから事務的にやるのが、医者もだれもかれも定番になってしまう。評価している人も「地のまま」だからオーラとかカリスマ性を感じるんでしょうし。

うちに来る人でカリスマだ、という人がいるけれど、理性ではそういうオーラは感じないですよね。そこらへんに自分にカリスマ性があると感じていると思うんだけど。
人の心が動くのは、決して相手の理性がすごいからじゃないからね。カウンセリングも同じだと思います。

━だからこそ、受けたくてもどうしても受けられない人が多くなってしまうんですね。

予約を希望してくれても、どうしても断らざるを得ない状況なんですよ。私も一般の凡人だし、睡眠時間はとらなくちゃいけない、家賃も払わなくてはいけない、凡人以下の凡人でやっているから、そこに数をおこなすのには限界がある。
だから限られた時間でやるから、他の人との兼ね合いもあるし、短い時間で価値を生むプログラムを用意してあるんだけど、一人だけにはなかなか構えない。
そういう意味で受けたい人が多くても、通ってきてくれた人が価値をつくるためには、自分はただの人間だし、どうしても人数的に限界があるのでわかってもらいたいですね。

━そろそろ時間がなくなってきましたが、最後になぜ人は悩むんでしょうか?

(心の)怪我をしないで、自分のエゴを、視野の狭い枠だけで、こうあるべきだと考えてしまうものが、社会には受け入れられない。だから周囲や対人的な矛盾が起きるから心がボロボロになることもありますね。
悩む人は安らぎたい、快適に走りたい、とか怪我もしたくない、安全でいい思いをして、不安がなくて、いい夢を達成したい、そういうのは大きな間違いで、不安がない世界を望むと不安が起きてくるし、常に安全なものまで不安に変えてしまうものなんですよ。
だけど、不安が日常で、不安があるのが社会で、それが自分の人生だ、と。つねに不安があってもそれでも生きていく、と。
それが当たり前だと思ったら、心からはじめて不安を消化する能力が身に付く。
その辺の根底にハートをうえこませるのが、うちの精神なんです。キレイに持っていこうと悩む人はどうしてもしてしまうから、いつまでたっても悩み続けてしまうんです。それは50,60代になっても残念ながら変われないし、自分の人生はいったい何だろうってなってしまう。

━それには覚悟が必要になりますし、また岩波先生は覚悟を本当に感覚として身に付かせることをするわけですね。快適を求めると不快や不安が心に忍び寄ってくるし、最初に話したように矛盾ですよね。そこに神経症という魔のメカニズムを覗ける気がします。でも、それを理屈としてわかってもまだまだ距離は遠いわけですね。感覚として・・・・

哲学な話になってしまうかもしれないけど、心ってそういう部分じゃないですか。理屈で心が納得するんだったら、そんな矛盾なことはない。心はあくまで心でしかない。
大切なことは、長い間悩む人は知恵を使う、消化不良で来ている、そういう人がカウンセラーにいっぱい来ている。
その上加速された回路のために抑圧をどんどん自分の心にかけつづけるし、それをはき出せない。
世間の人は「そんなに考えなくていいでしょ」と言うけど、本人はどうしてもそれができないパターンに入っている。
抑圧をかけ続けた人間は、当然、人間のエゴが満たされない。
ということはもろくて哀しくて、ぼろぼろで、孤独で、自分に自信がなくなってしまう。
そうなると、周りの自信のある人にくっついているか、へつらうか、周りの状況に無理に合わせるか、そういう状況判断するしかないから、ますます周囲の目をうかがってしまうし、敏感になる。

━もう悪循環ですね

一番問題になるのは、自分のエゴを満たすことができるか、できないからですね。
自分はエゴを十分に満たせているから、相手のことをたとえば思いやる余裕も出来る。
エゴというのは、その、誤解しちゃまずいけど、人に迷惑をかけてもいいとかそういうことじゃなくて、人として快適に生きられる枠のことですね。
人から見れば自分は確かにあると思う。
その辺のエゴを満たすこと、エゴを満たすことがない長い間の習慣で、「エゴって何ですか? 満たすってどういうことですか? 楽しいってどういうことなのか」という風に悩む人は陥ってしまうんだけど。
エゴについてもよく話するんですよ。そのへんから、芽生えさせたり感じたりさせないと神経症はなかなか難しい。

━エゴを持って生きている人は、ストレス感じないでしょうね。

わがままとはまた違うんだけど、ストレスは感じないだろうね。走れるし、エゴを満たしているから、当然自分に自信が出てくるし。

━そこにも神経症克服へのヒントがありますね。そういえば、心の抑圧とエゴは正反対ですね。要するに、悩んでしまう人はどうしても悩む生き方、考え方をせざるを得ない状況になっていると思います。

そこのところもちゃんと原点からやっていかないといけないし、そこを考えながらやっていますよ。

━わかります。時間が来たみたいです。どうも長々とありがとうございました、お忙しい中、時間をとっていただきまして。

(終わり)

 

岩波先生のDreamart Labo

岩波氏との不登校・ひきこもりでの対談


 

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